父親の葬儀

親父の葬儀

人生初めて打ちのめされた 私が高一のとき、親父は倒れ入院、緊急手術で一命をかろうじて拾いました。確か手術は7時間ほどもかかり、大手術であったことを覚えています。 長い入院生活を経て家に帰って来た親父。元気だったころに比べると一回り小さく...
大学時代

人生で初めての試練

人生で初めての試練 大学生活も終盤に差し掛かったころのことです。 四回生になっても相変わらず忙しい学生生活を送っていました。毎日クタクタになるほどバイトに追われていました。本当によくも続くものだと、自分でも自分を褒めてやりたいほどでした...
大学時代

これでいいのか大学生活

夢に描いていた大学生活が 親父の許しを得てやっと実現した大学生活。 元より大阪芸術大学に進学したいと思っていた私と父親との間には、高い壁がありました。時間をかけ、兄のヘルプもあり、やっと入学できたこの大学。 私の大学生活は、学校に...
大学時代

マージャン漬けの毎日

マージャン漬け 思い描いていた楽しいはずの大阪での下宿暮らし。 四畳ほどの小さい部屋は、ただ寝に帰って来るだけでした。 大学での授業が終わると下宿まで速足で帰り、汗をかいたTシャツを着替えてバイトに向かう毎日の生活でした。 バイ...
大学時代

初めての下宿生活

下宿生活のはじまり 私の大学生生活のはじまりです。 生まれてから浜松市を出たことのない私にとって、大阪での大学生生活は、まるっきりイメージがつきませんでした。 2トン車に私の荷物を積み込み、兄と二人で見知らぬ大阪の下宿を目指しまし...
高校時代

大学進路に暗雲

親父が許してくれない 高校三年の春休みを過ぎた頃、私はこれからの進路を固めつつありました。私の頭の中には、高校を卒業してエンジニアになるという気持ちは完全に消えていました。もともとエンジニアになりたかったのか?それさえも疑問に感じていまし...
高校時代

大学進学を考える

大学進学を考える 工業高校に入学したのは、高校を卒業してエンジニアになるのが目的でした。というか父親と兄の助言で決めたようなものでした。 自分が何になりたいのか?こんな仕事がしたい!そんな希望が残念ながら中学のときにはありませんでした。...
高校時代

バイクが青春そのもの

バイクが青春そのもの 高一で自動二輪の免許を取得。 晴れて高校生になった気がしました。兄も高校で自動二輪の免許を取得し、休みの時は走りに行っていました。 弟としてそんな兄が羨ましくて、「俺も高校生になったら直ぐに免許を取ろう」と、ずっ...
高校時代

高校に入学して

高校に入学して感じたこと いよいよ高校に進学するときがやってきました。 どの高校がいいんだろう?どの高校に入学できるんだろう? 人生初の帰路に立った訳ですが、自分なりにわずかながらのこだわりもありました。 商業高校は行きたくない...
中学時代

バスケ部は鬼コーチ

バスケ部のコーチは鬼だった 私はこの中学校の伝統あるバスケ部に入部することになってしまいました。決して入部したくてこのバスケ部を選んだ訳ではありません。 入部を希望していた野球部は、合併に伴ってグラウンドが使えないといことで廃部になって...
中学時代

中学では野球部に入部

野球部に入部したが 小学校から中学に入ったら野球をやろうと思っていました。 小学校時代の自慢は「ボール投げ」でした。小学生の低学年の頃から一年に一度、クラス別でどこまでボールが遠くまで投げられるかを記録するものでした。特別スポーツとは言...
小学時代

東京オリンピック

東京オリンピック 1964年(昭和39年)10月10日、東京オリンピックが開催されました。後に10月10日が”体育の日”に制定され、休日になりました。 私たちの時代には10月10日が運動会というのが定番でした。 今では体育の日は1...
小学時代

初めての喧嘩

初めての喧嘩 小学校に入学して毎日を楽しく送っていました。 テレビゲームなんてない時代。でも私たちにはみんなと色んな ことをして遊んでいました。モノがない時代でしたが、充実 した毎日を送っていたと思います。 クラスメイトは家族のよ...
小学時代

ピカピカの一年生

ピカピカの一年生 1961年、私は浜松市立相生小学校に入学します。 自宅から子供の足で30分ぐらいの通学時間だったと記憶しています。 行く道中、寄り道しながらたんぼの稲刈りのあとを足で踏みつけて 学校まで行ったのを覚えています。 ...
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