大学進学を考える

大学進学を真剣に考える 高校時代

大学進学を考える

工業高校に入学したのは、高校を卒業してエンジニアになるのが目的でした。というか父親と兄の助言で決めたようなものでした。
自分が何になりたいのか?こんな仕事がしたい!そんな希望が残念ながら中学のときにはありませんでした。

進路指導の先生と話し合って、「何になりたいんだ?」という会話ではなく、「どの学校に入れるか?」という話し合いが中心だったような記憶があります。いま思えば、中学の進路指導はその程度の内容だったと思います。とりあえず自分の学校の生徒をどこかの高校に送り込んだら、仕事が終わる。
勉強ができる生徒には、よりレベルの高い高校に送れば実績ができる。そんな毎年恒例の儀式のようなもの。

一握りの優秀な中学生は金の卵であって、普通程度の学生は山のようにいる訳だし、私立が公立かに振り分ければ仕事は終わり。だから私の場合、後者だったんだと思います。

高三の春になると自分の将来を考え始める。
果たして高校を卒業してエンジニアに進めばいいのか?
本当に自分は車の整備工でいいのか?
この頃になると自分の本当にやりたいことは何なんだ?と真剣に考えるようになっていました。ちょっと遅いと言われれば返答に困ってしまいます。かなりノンビリですよね。もともと性格がギリギリにならないと動かないようです。

この頃の私はメディアに対して強い興味を持ち始めていました。
それはテレビドラマでした。たしか水谷豊主演の学園ドラマでした。
タイトルは『泣くな青春』だったかなぁ。
水谷豊をうまく表現させていたことに興味を抱きました。つまり、ザックリと番組制作に惹かれました。映像カメラマン、ディレクター、シナリオライター、、、。漠然としていまいたが、自分がやりたいことは、こんな世界の中にあるんじゃないだろうか?

そこで悩んで決めたのが「大阪芸術大学」でした。演劇にも興味があったんですが、自分が選んだのが『放送学科』でした。昔から何もないところから、何かを生み出さすことが得意でした。今こうして書いているブログも下書きなんてありません。思いついたことをキーボードを叩いて書き出しているんです。頭の中に浮かんだものを書き出しているんです。

自分がメディアの世界に入った時も、シナリオは自分で書いていました。大学卒業後のことは改めて別のページで紹介しようと思います。
メディアにだどり付くには、色んな遠回りをしています。

漠然としていましたが、とにかく進むところはメディアでした。こうして高三の二学期に入ると、自分の進路は固まりはじめていました。あとは親を説得させることでした。しかし、これが難問中の難問となってしまったのです。父親はかなりの頑固でした。

高校時代
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私は有限会社アイベックスという映像制作会社を設立。そしてバリ島に進出してウェディングのプロディースの会社、PT.BALI IBEXを設立。大手旅行代理店と提携して自社チャペルにてウェディングをプロデュースしていました。しかし、夢半ばで病に倒れ、すべてを失ってしまいました。おまけにその病により下半身不随に。現在もリハビリを続け、復活を目標に生きています。私と同じ病に倒れ、現在も頑張っている人と共有したくて、このブログを書いています。

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波多野智章、波乱万丈の66年

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